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ウディ・アレン 養女の性的虐待疑惑ドキュメンタリー 第3話が放送

映画監督のウディ・アレンの養女に対する性的虐待疑惑を扱ったドキュメンタリー「Allen v. Farrow」。前回のエピソードでは、1992年8月、当時7歳のディラン・ファローが、母親のミアに、父親から屋根裏部屋で性的虐待を受けたことを告白するホームビデオが初めて公開された。第3エピソードではアレンへの刑事捜査と、アレンが対抗手段として提起した親権訴訟が、裁判資料や当時のレポーター、専門家の見解を交えて検証される。

コネチカットとニューヨークで捜査

屋根裏部屋の話を聞いたミアは、小児科医にディランを連れて行く。そこで、ディランは「父親から触られた」と証言。医者が警察に通報し、コネチカット州警察とニューヨーク市児童福祉課による調査がスタートする。コネチカット州検察は刑事事件として起訴するに足る理由があるとするも、最終的に不起訴とした。ニューヨーク市児童福祉課は14カ間の調査の末、性的虐待の報告は、事実無根と結論づけた。アレン(85)は、当初から一貫して疑惑を否定しており、番組は「虚偽に満ちた中傷」と非難している。

Key Takeaways

アレンのPR作戦

捜査を「できる限り静かに、プロフェッショナルに進めたい」と考えていたコネチカット州の検察官、フランク・マコ(Frank S. Maco)の意に反し、捜査を知ったアレンは、ニューヨーク市のプラザホテルでメディアを集め、自ら捜査を公表する。当時話題となっていた、養女スン=イーと恋愛関係にあることを認めつつ、これを知ったミアが、復讐のためにディランを操っていると非難する。その後も、アレンはテレビ番組に出演するなどして、子供が母親に指導されているといった話を展開する。番組中、事件を取材したジャーナリストのロザンナ・スコットは、アレンは強力な弁護士を雇い、PRマシーンを従えて「ミア・ファローを軽蔑された女性として描く」のに成功したと振り返る。

警察のポリグラフ検査を拒否

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コネチカット州の検事局のフランク・マコは、州警察からアレンは民間のポリグラファーの検査を受けたと報告を受けた。州当局による検査を求めたが、アレンは拒否したという。

イェールニューヘブン病院の報告に欠陥の疑い

コネチカット州検察のフランク・マコは、イェールニューヘブン病院の児童性的虐待クリニックにディランの評価を依頼する。子供の認知や記憶、伝達などに障害を審査し、法廷での証言能力に問題がないか検討材料を得るための評価だった。7カ月間の審査の上、マコは、病院からディランの証言には「信用性がなく、信頼できない」ほか、「ミアがでっちあげた」可能性があると報告を受ける。イェールニューヘブンはレポートで、ディランの証言の矛盾を指摘し、妄想と現実の区別するのに困難を抱えていると説明。さらに証言が母親によって促進され、奨励された可能性を示唆した。イェールニューヘブンまた、検察の了解を得ずに、アレンとミアに会い、結果を報告。アレンは病院出口で、潔白が証明されたかのような会見を開く。

ミアの弁護士の依頼で、病院のレポートを読んだ精神分析医のステファン・ハーマンは、レポートに震え上がったと当時を振り返る。レポートには、ディランに9回のインタビューが実施されたと記されており、性的虐待児童の対応としては、当時としてもありえないと語る。また、ディランの発言には9回のインタビューを通じて、絶対的な一貫性があったと指摘。レポートは、子供の精神障害を示すものとは程遠いと説明する。

ディラン自身、体験を「繰り返して同じ質問をされると、自分に何を求めているのかを考えるようになった」と振り返り、「誤った答え」を言っているような感覚を覚え、「嘘をついていると扱われているように感じた」と話す。

マコは、クリニックがインタビューを実施した2人のソーシャルワーカーがノートを破棄していたことに言及。検査はアレンを逃がすための評価だったと振り返る。

ニューヨーク市の調査も

ニューヨーク市児童福祉課では、当時トップの調査官だったポール・ウイリアムズが調査を任された。ウイリアムズは当時800件の事件を担当し、前年には市から優秀なケースワーカーとして表彰されていた。ウイリアムズはディランにインタビューの上、本人の話は信頼できると結論づけた。番組製作陣が発見したウイリアムズの記録によると、ウイリアムズは、アレンに対する刑事捜査をするのに十分な情報があるとしたが、後になって、著名人の事件は「大物」が引き継ぐのが慣例で、児童福祉課ができることはないと上官から告げられたと記していた。またウイリアムズは、イェールニューヘブンでディランにインタビューをしたソーシャルワーカーとの会話を残しており、この中でソーシャルワーカーはディランが信頼できるだけでなく、まだ告白していないことがあると考えていたと記していた。

ウィリアムズの弁護士、ブルース・バロンによると、ウイリアムズはその後、指示に従順でないとして、解雇された。バロンは、巨大な隠蔽の試みがあったと説明する。

親権訴訟 判事 アレンのディランへの振る舞いは「ひどく不適切」

捜査開始を知ったアレンはまもなく、ミアは母親に不適応だとして、ディランとモーゼス、サッチェルの親権を求めて訴訟を提起する。訴状では、ミアは情緒障害があり、9人の子供を養育できないと主張。性的不品行疑惑について、子供たちを洗脳していると述べた。

専門家によると、虐待者が犯罪捜査を抑えるために親権訴訟を起こすのは、よく行われることだという。

エリオット・ウィルク判事は審理開始から10カ月がたった1993年6月、アレンの申し立てを棄却した。判事は、アレンは育児能力を示しておらず、ミアがディランを指導したという「信頼に足る証拠」はないとした。判決文で、被告側は、アレンのディランに対する振る舞いは極めて不適切で、彼女を保護するための方策がとられなければならないことを証明した、と母親側の主張を支持。裁判で示された証拠は、ミアは面倒見の良い、愛情に溢れた母親であることを立証しており、ビデオテープが誘導質問または子供幻想だというアレンの主張には納得できないとした。さらにイェールニューヘブンのレポートは、ソーシャルワーカーのノートが破棄されている上、法廷での証言を拒止したことを挙げ、信用できないとした。

判事は、アレンの振る舞いは「ひどく不適切」だとし、ディランへの訪問を少なくとも6カ月間禁じた。

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