チャールズ新国王とカミラ王妃の隠し子だと主張するオーストラリアの男性が、現地TV局のインタビューに答え、DNA検査を受けさせるために国王を法廷に引っ張り出す決意を新たにしたと語った。

自分を国王夫妻の隠し子と話すのは、クイーンズランド州在住のサイモン・ドランテ・デイ氏(56歳)。カミラ夫人が18歳の時に身籠った子供で、生後8ヶ月で養子に出されたと主張している。

7NEWSのインタビューに出演したドランテ・デイ氏は「判事と私自身、法廷弁護士」の間で「君主は法によって保護されているか、法を超越しているか」について話し合いをしたと明かし、答えは「ノーだった。彼がそうだという、いかなる理由もないと告げられた」と説明。カミラ夫人についても同様だとした上で、「家庭裁判所に戻るつもりだ」と語った。

「前回の最終判決で、判事は私に、押印され、整理された証拠を持ってくれば、DNA検査の申請を拒否する理由はなく、チャールズとカミラはこれに答えなければならないと告げた」と語った。女王が死去し、チャールズ氏が国王になったことで、周囲からは、裁判への影響を懸念する声が多く寄せられてたという。

ドランテ・デイ氏は今年、女王が介入して、息子にDNA検査を受けさせることを期待して、女王宛に書簡をしたためていた。

女王が他界したことについて「悲しいばかりだ。私が彼女に書いた手紙に返事なく、この機会が閉ざされた」と話し、「ある程度の怒り」を抱いていると語った。

さらに、チャールズ国王がウィリアム皇太子をウェールズ公に指名したことに「大きな衝撃を受けた」と心境を語り、「こんな風に感じたくなかったが、少なくともチャールズは私の問いに答え、私を認めてほしい」と話した。「見放された気分だ。チャールズは国王になり、妻と結婚し、欲しいものを手に入れたのに、私は母親に関する真実さえ獲得できていない」と語り、「今こそ、私がハッピーエンディングを迎える時だ」と、決意を語った。

周囲から財産や名声目当てだとの批判があることについて、「誤っている」と否定。「ヘンリーの気持ちが理解できる。得たいからではない、無視されたことなのだ。価値がないという感覚、それが彼が、このように反抗している理由だ」と語り、「彼は価値があるということをみんなに示そうとしているのだ。それこそが私の気持ちだ」と、自身をヘンリー王子に重ね合わせた。

ドランテ・デイ氏は、根拠の一つに、自分の容姿が国王一家に似ていることを挙げており、昨年は自身の息子の写真が若き日のエリザベス女王にそっくりだとして、SNSで話題になった。

7NEWSがまとめたドランテ・デイ氏側の出生をめぐる説明および主張は以下の通り。

  • 1966年4月5日、英国ポーツマスのゴスポートで生まれた。
  • 生後8ヶ月で、地元の夫婦カレンさんとデビッド・デイさんの養子となった。自分の祖父母となったウィニフレッドさんとアーネスト・ボールデンは、女王とフィリップ殿下の王室の一つで働いており、ボールデンさんは、帝国功労章を授かっている。
  • 祖母から何度も、自分がカミラ夫人とチャールズ国王の子供だと聞かされていた。
  • 自分自身で行った調査では、チャールズ国王とカミラ夫人が最初に接近したのは1965年で、自分が生まれるまでの9ヶ月間、カミラ夫人は社交会から姿を消していた。この間チャールズ国王は、オーストラリアに送られていた。
  • 自身の出生証明書に記載されている病院では、自分が生まれた頃の10年間、一人の赤ちゃんも誕生しておらず、出生証明書にある両親の名は「架空」だと考えられる。
  • カミラ夫人は、自分が8ヶ月になるまでの間、王族や保護官を使って隠していた。その後、女王の元スタッフであった祖母が、娘に養子にするように手配した。
  • 幼い頃ポーツマス周辺の家に連れて行かれ、そこでカミラ夫人と思しき女性と時間を過ごした記憶がある。この時、保護官と養父母は、外に待機していた。
  • ファーストネームとミドルネームのサイモン・チャールズは、親から授かった名前で、養母はそれが養子にとる条件だったと話していた。チャールズ国王とカミラ夫人には当時サイモンという名の親友がいた。