トランプ政権でAI・暗号資産担当顧問を務め、現在は大統領科学技術諮問委員会(PCAST)共同議長を務めるデービッド・サックスが、7月24日配信のポッドキャスト番組「All-In Podcast」でAnthropic(アンソロピック)を痛烈に批判した。
「Anthropic is guilty of regulatory capture.」
regulatory capture(規制の虜)は、規制する側が規制される側の利益に取り込まれてしまう状態を指す。サックスはこれを、Anthropicが安全保障を理由に規制当局を自社に有利な方向へ動かし、競争優位を築こうとしている、という意味で使った。
一見するとAI業界の舌戦にも見えるが、その背景には、中国製オープンウェイトAIモデルの台頭をきっかけにシリコンバレーが二つに割れ始めた現実がある。
引き金は中国オープンモデルの台頭
発端となったのは、中国勢が相次いで公開した高性能なオープンウェイトAIモデルだ。
とりわけMoonshot AIの「Kimi K3」は、コーディング分野のベンチマークでAnthropicのFable 5やOpenAIのGPT-5.6 Solを上回ったとされる。しかもモデルの重み(weights)が公開されており、誰でも無料でダウンロードし、自社環境で利用・改良できる。
AnthropicやOpenAIは、これらのモデルが自社システムから知識を抽出する「蒸留(distillation)」によって開発された可能性があるとして、ワシントンで規制を求めてきた。蒸留とは、既存AIモデルの出力を学習データとして利用し、新たなモデルを構築・改良する手法を指す。
政権側もこうした懸念に歩調を合わせる。7月22日にはベッセント財務長官が「オープンソースは米国IPの解禁日ではない」と発言。同日、クラツィオス大統領補佐官(科学技術担当)も「米国の技術を盗む大規模かつ隠密な産業的蒸留は容認できない」と述べ、MoonshotがAnthropicのモデルを蒸留したうえ、禁輸対象のNVIDIA GB300サーバーでK3を訓練したと指摘した。
「米国だけを縛るのは自傷行為」
これに対し、サックスはオープンソース規制そのものに反対する。
「政府がオープンソースのエコシステムに手を出すなら、それは悲劇的な誤りになる。米国のAI競争力を傷つけ、ひどい形で跳ね返ってくる。」
彼が問題視するのは、公開されたオープンモデルを米国企業だけが利用できなくなることだ。
「米国企業や開発者が、中国企業がパブリックドメインに公開した成果を使ってはいけない、とは言えない。それはcutting off our nose to spite our face(怒りに任せて自分自身を傷つけるようなもの)だ。世界中の開発者は使い続けるのだから。」
「蒸留が問題なら、止めるべきはAnthropic自身」
サックスが最も踏み込んだのは、「蒸留」を理由とする規制論の整合性だった。
「この蒸留の話はフェイクだ。もし蒸留を止めることが本当の目的なら、Anthropicが求めるべきは『中国から米国モデルへのアクセス遮断』であって、『米国から中国モデルへのアクセス遮断』ではない。」
蒸留が行われるのは、自社モデルへのアクセスがある場所だ。産業規模の蒸留が国家安全保障上の脅威であるなら、最も止めやすいのはモデル提供者自身だというのが彼の論理である。
「中国企業に蒸留を許した時点で、the horse is out of the barn(もう手遅れ)だ。」
さらに彼は、Anthropicが規制を求める動機にも踏み込む。
「成長を優先するあまり、Anthropicは蒸留対策を十分に行ってこなかった。もし本当に産業規模で行われているなら気付いていたはずだ。それなのに今言っているのは『競合を禁止しろ』という話だ。馬鹿げている。」
そのうえで、「Anthropicは規制を利用して競争優位を築こうとしている。政府の保護が必要だと人々をパニックに陥れることに成功してきた」と批判した。
なお、サックスによるAnthropic批判は今回が初めてではない。2025年10月にも同社を「恐怖を煽ることに基づく洗練された規制の虜戦略」と名指ししており、今回の発言は単発の舌戦ではなく、継続する対立の延長線上にある。
Anthropic側にも一貫した論理がある
もちろん、Anthropicにも安全保障上の懸念という明確な論理がある。
公共政策責任者のサラ・ヘック氏は7月22日、「敵対的な蒸留はIP窃盗であり、産業スパイであり、敵対国の軍事・情報機関を支える行為だ」と投稿した。同社は、安全保障と知的財産保護の観点から、中国企業による蒸留を重大なリスクと位置付けている。
この主張を「正当な安全保障上の警告」と見るか、「競争上の利益を守るためのロビー活動」と見るかで、評価は大きく分かれる。
シリコンバレーに新たな対立軸
サックスの発言は決して孤立したものではない。
7月22日には、Y CombinatorやProtonなど約200社が参加する新団体「Little Tech Association」が、トランプ大統領らに対し、中国製オープンウェイトモデルへの包括的なアクセス禁止に反対する書簡を送った。団体の幹部はポリティコの取材に、政策立案者は「大鉈ではなくメス(a scalpel rather than a sledgehammer)」を使うべきだと語る。つまり、国内のイノベーションを阻害しない精緻な対応を求めている。
スタートアップにとって、安価で高性能なオープンモデルは生命線だ。Particle創業者のSuhail Doshi氏は「禁止されれば何百社もの企業が即死する。Anthropicにとっては最高だ。我々は全員、Anthropicに金を払うことになる」と語る。
オープンモデルを支持する声はスタートアップだけではない。7月24日には、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが「世界にはフロンティアのクローズドモデルとオープンモデルの両方が必要だ」とXに投稿。その直後にはMicrosoftのサティア・ナデラCEOも「オープンソースは健全なAIエコシステムに不可欠だ」と続いた。
AI市場の主導権をめぐる争い
オープンソース論争の背後には、AI市場の主導権をめぐる利害が交錯している。
オープンモデルを基盤に新たなサービスを生み出したいスタートアップやベンチャーキャピタル、クローズドモデルを展開する大手AI企業、そして計算資源やクラウドを提供する基盤企業。それぞれが異なる立場から「AIのルール」を描こうとしている。
中国との競争は続く。その一方で、シリコンバレーでは今、どのようなエコシステムを維持し、誰がその利益を享受するのかをめぐる、ルールメイキング競争が本格化している。





