ニクソン大統領に伝えられたこととは?1973年チリ・クーデター時の大統領日報が公開

80

米国務省は28日、50年前の9月に起きたチリのクーデター発生時の大統領日報(PDB)を公開した。

機密が解かれたのは9月8日とクーデター当日の11日に情報機関からニクソン大統領に報告されたもので、8日の資料では「早期の軍事クーデター」の可能性を示す報告が多数あるとしているほか、海軍将校らが反体制派の武装民間人と合同で反政府行動を計画している可能性があると報告している。アジェンデ大統領について、武力衝突を回避して政治決着をはかるしかないとの結論に達したとし、「何らかの戦術的な政治的後退」を命じる可能性があるとの見方を伝えた。

クーデター当日の11日は、「アジェンデ政権に対する軍事行動を引き起こす海軍将校らの計画」は、「主要な陸軍部隊」の支持を得ており、空軍と国家警察からの支援にも期待していると伝えていた。さらに「社会主義者、左派、過激派と共産主義者は妥協しない決意だ。彼らは、軍と政治的反対派が政府を打倒する動きを実行できないということに賭けている」とし、「アジェンデ大統領は、いまだに時間稼ぎによって対決を回避できると希望を持っている」と状況を伝えていた。

ピノチェト将軍の残忍な独裁政権の確立へとつながったクーデターに関し、米政府の機密資料の完全開示を求める声が高まっている。

今月17日、議員の代表団の一員としてチリを訪問したアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員(ニューヨーク)は、インスタグラムの投稿で「ここチリでピノチェトの独裁政権によって何が起きたかの歴史をまとめることは非常に重要だ。クーデターに米政府が果たした役割を認識し、振り返ることも同じく重要だ」と語り、クーデターに関連する資料の機密を解く法案を提出する計画を明らかにした。

Advertisement

同席したガブリエル・ボリッチ大統領の報道官は「チリでも、ニクソン政権、特にCIA長官の特定の証言の資料の機密解除を目的とした同様の要求がなされた」とした上で、「何が起きたのか、米国が民間および軍事クーデターの計画にどのように関与したか、その後の数年間について、明確な理解を得るためだ」と説明。「われわれの歴史にとって非常に重要だ」と語った。

国家安全保障公文書館によると、クーデターの3年前の1970年、ニクソン大統領は、その年の大統領選で民主的に選ばれたアジェンデ氏の就任を阻止しようと、軍事クーデターを扇動して「チリを救う」ようCIAのリチャード・ヘルムズ長官に直接指示を下した。ヘルムズ氏の会談メモによると、ニクソン氏は「経済に悲鳴を上げさせろ」とも命じていた。11月の就任後、憲法擁護派のチリ軍総司令官レネ・シュナイダーを誘拐するというCIAの共同による秘密工作が実行に移されたが、誘拐計画はシュナイダー氏を殺害してしまうという失敗に終わった。

ニクソン氏はその後、国家安全保障会議を招集して、アジェンデ大統領の統治能力を不安定化する広範な取り組みを命じた。ヘルムズ氏がとったメモによると、ニクソン氏は国家安全保障チームに対して「アジェンデ氏を失墜させる方法」があるならば「それをやったほうが良い」とアドバイスしたという。