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ブロードウェイ演出家 ハロルド・プリンスさん 91歳で死去

『ウエスト・サイド・ストーリー』や『キャバレー』、ブロードウェイ最長ロングラン記録を持つ『オペラ座の怪人』など大ヒットミュージカルを生み出したプロデューサーで演出家のハロルド・プリンス(Harold Prince)さんが31日、アイスランドのレイキャビクで死去した。91歳だった。

プリンスさんは、ミュージカルからオペラまで幅広い作品を手がけ、生涯で21のトニー賞を受賞している。

プリンスさんは、1928年1月30日にニューヨークで生まれた。裕福な両親の元で育ち、幼い頃から週末は劇場で演劇鑑賞を楽しんだという。

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1949年、演劇プロデューサーのジョージ・アボット(George Abbott)の元で働いた後、陸軍として朝鮮戦争で戦った。その後再びアボット氏が演出した「Wonderful Town」のステージ・マネージャーとして働き始めた。

フレデリック・ブリッソン(Frederick Brisson)とロバート・グリフィン(Robert E. Griffith)と共同でプロデュースし、ボブ・フォッシー(Bob Fosse)が振付を務めた『パジャマ・ゲーム』(The Pajama Game)は、1955年トニー賞最優秀ミュージカル賞を受賞。1,063公演を行い、興行的にも成功を収めた。翌年には『くたばれ!ヤンキース』(Damn Yankees)で最優秀ミュージカル賞を受賞をしている。

1957年、ニューヨークのギャング抗争を描いた『ウエスト・サイド・ストーリー』(West Side Story)をプロデュースし、高い評価を収めた。同作品は、演出と振付をジェローム・ロビンズが務め、レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein)とスティーヴン・ソンドハイム(Stephen Sondheim)が音楽を手がけた。
ショーレム・アレイヘムの短編を原作とした1964年の『屋根の上のバイオリン弾き』が成功を収めた。1960年代にはプロデュースした3作品が、同時に上演されていた。

演出家として『キャバレー』『オペラ座の怪人』が大ヒット

1962年には、「A Family Affair」で演出家としてのデビューを果たすが、上演回数は65に止まった。

4年後の1966年には、クリストファー・イシャーウッドの「さらばベルリン」とジョン・ヴァン・ドルテンの戯曲「私はカメラ」を元にした『キャバレー』が大ヒットする。キャバレーは、初期の(ストーリーに基づかない)コンセプト・ミュージカル作品として位置付けられており、同作品は、ミュージカル作品賞を含む8部門を受賞した。ハロルドさんは演出家としての名声を確立し、演出業に専念する。
その後の『エビータ』(1979)と『オペラ座の怪人』(ロンドン公演1896年)は、アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲のミュージカルの中で最も成功を収めた作品となった。

ニューヨークのメトロポリタンオペラハウスや、シカゴのリリックオペラなどでオペラ監督も務めている。

訃報を受け、作曲家のウェバー氏はツイッターで別れの言葉を送った。

「さようならハル。演劇のプリンスであり、エビータとオペラ座の怪人という、私のキャリアで最も偉大な2つの作品の演出を手がけた王様。この偉大な人物は私に本当に多くを教えてくれた。彼の演劇の深みは他に匹敵するものがなかった。」

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