米国で終身刑となり、現在コロラド州の刑務所に収監されているメキシコの麻薬王「エル・チャポ」ことホアキン・グスマン受刑者について、メキシコ政府が“人道的”理由から身柄引き渡しを要請する可能性を示唆した。グスマン受刑者からの“SOS”とみられるメッセージを受けての措置だという。

CBSニュースによると、メキシコのロペスオブラドール大統領は18日、グスマン受刑者が米国の刑務所で「精神的苦痛」を受けているとして、代理人を通じてメキシコへの身柄移送を求められたと明かした。応じるかどうかについては「検討する」としている。

米国で裁かれた受刑者の身柄引き渡しを要請する権限がメキシコ側にあるかは不明だといい、同大統領は、「人権に関わる問題である以上、常に可能性を探らなければならない」とコメントした。

グスマン受刑者はメキシコ最大級の麻薬組織「シナロア・カルテル」の元リーダーで、2019年2月に麻薬密輸、資金洗浄、小火器類の使用などの罪で、米国で有罪判決を受けた。現在はコロラド州フローレンスにある最高警備レベルの連邦刑務所「ADXフローレンス」に収監されている。同刑務所には、ボストン・マラソン爆弾テロ事件のジョハル・ツァルナエフ受刑者、2001年の911米同時多発テロ実行犯の一人、サカリアス・ムサウイ受刑者、オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件の共犯者、テリー・ニコルズ受刑者などの凶悪犯がおり、人里離れ荒涼とした環境と警備の厳重さから「ロッキー山脈のアルカトラズ」とも呼ばれる。

グスマン受刑者の代理人の一人、ホセ・レフジオ・ロドリゲス弁護士はAFP通信の取材に対し、刑務所の隔絶された環境や日光も入らない過酷さに耐えかねた同受刑者が米国内の代理人と家族を通じて「SOS」と読み取れるメッセージを伝えてきたと言明。米国=メキシコ間の合意のもと、受刑者が母国メキシコで罪を償い刑期を終えられるよう望むとコメントした。

なお、17日の時点ではメキシコのエブラルド外相がグスマン受刑者の身柄移送に関し、「検察当局と協力して検討する」としつつも、「率直に言って、私は可能性があると思えない」と政府介入に否定的な見方を示していた。グスマン受刑者はメキシコでも服役していたが2度脱獄している。

今月5日には、グスマン受刑者の息子、オビディオ・グスマン被告がメキシコ北西部のシナロア州クリアカンで、当局の急襲作戦により拘束された。同作戦では空港などで激しい銃撃戦が起き、29人が死亡している。同被告をめぐっては、米国務省が最高500万ドル(約6億7000万円)の懸賞金を提示して行方を追っていた。

グスマン受刑者には他に複数の息子がいる。以前は別の息子のほうが後継者として有力視されていたが、3年前、同じクリアカンで行われたメキシコ軍当局の急襲作戦でオビディオ被告が拘束されたのを機に、その名を知られるようになった。なお、オビディオ被告はのちにロペスオブラドール大統領の命令によって釈放されている。

ADXフローレンスとは

ロッキー山脈の麓にあるADXフローレンスは、「スーパーマックス」または「コントロールユニット」刑務所と呼ばれる最高度の警備レベルを有する施設で、1994年に開設した。連邦刑務所として同レベルに分類されるのは、現在ADXフローレンスのみだという。

現在323人の男性受刑者が独居房に暮らしているとされる。終身刑を宣告された凶悪犯に加え、深刻な行動上の問題を抱えたものや逃亡リスクの高い受刑者が送られるケースも多いという。

部屋の大きさは約3.5m x 2mで、分厚いコンクリートで隔てられ、金属製の二重扉が設置されている。洗面台とトイレ、自動シャワーがあり、コンクリート製の机や椅子が備えられている。ベッドもコンクリートで、この上に薄いマットレスが敷かれている。窓はわずか10cm四方だという。

元看守の話では、囚人は毎日一時間だけ、房外のケージに囲まれた場所で過ごす時間が与えられる。

独居房の生活が受刑者の精神をむしばむ問題は、たびたび指摘されており、2012年に議会で証言を行なったカリフォルニア大学サンタクルーズ校のクレイグ・ヘイニー教授(心理学)は、およそ3分の1が精神疾患をわずらい、多くの場合が深刻な状態にあると報告した。一部の受刑者は、自身の存在を確信できない「存在論的不安」と呼ばれる深刻な状態に陥っていたとした。

ADXフローレンスについては、訴訟に関連し調査を行なった法医学精神科医のドリス・ガンダーセン博士が、45人を診断した上で、70%の受刑者が少なくとも一つの精神疾患の基準を満たしていると推定を示している。

2002年から2005年に同刑務所に勤めた看守は以前、ニューヨークタイムズの取材に「リハビリ用に設計されていない」と述べ、「地獄のクリーンなバージョンだ」と振り返っている。