米航空宇宙局(NASA)は9月1日、火星の通信インフラを担う「火星通信ネットワーク(Mars Telecommunications Network, MTN)」の開発企業として、ジェフ・ベゾス氏が創業した宇宙企業Blue Originを選定したと発表した。火星専用の高速通信中継網としては初めてのプロジェクトとなる。
ベゾス氏率いるBlue Originにとって、これはNASAからの大型受注の最新事例にすぎない。同社はここ1年ほどの間に、月面探査から国家安全保障の打ち上げ、そしてミサイル防衛に至るまで、政府からの受注を急速に積み上げてきた。だが受注の拡大は、そのまま実行能力の証明にはならない。同社の主力ロケット「New Glenn」は今年5月末に地上試験中の爆発事故を起こしており、積み上がった契約をどう履行していくかが問われる局面に入りつつある。
契約内容
NASAが発表した契約(契約番号C26-010)は確定価格(firm-fixed-price)方式で、上限額は約7億ドル。Blue Originは2028年12月31日までに、高性能な火星通信中継衛星をNASAに納入する義務を負う。契約は今年5月に公示された提案依頼(RFP)を経た完全競争入札の結果で、実際に提案を提出したのは2社だった。
Blue Originが設計・開発・統合・打ち上げ・運用のすべてを担うこの通信網は、NASAが進める「地球・月圏を超えた通信・航法インフラの拡張」戦略の一環と位置づけられている。中核となる衛星は、火星周回軌道上から科学データや画像、航法情報、そして火星表面・周回中の探査機との通信を中継する。
技術基盤となるのは、Blue Origin独自の汎用宇宙機プラットフォーム「Blue Ring」だ。アラバマ州ハンツビルの専用施設で量産が進められており、太陽電気推進と化学推進を組み合わせたハイブリッド推進系(SEP-Chem)により、複数のペイロードを展開できる。Blue Originが新設した国家安全保障部門「Blue National Security」の社長を務めるトーリー・ブルーノ氏は、「MTOは今後10年以上にわたる米国の火星探査計画の背骨となり、将来のロボット・有人ミッション同士、そして地球との間の信頼できる通信容量を提供する」とコメントしている。
拡大する政府案件
政府の契約データを集計すると、同社の政府案件は2025年度から2026年度にかけて急拡大していることが分かる。政府契約に基づき実際に計上された債務発生額(obligations)を集計すると、2025年度の債務発生額は約1億600万ドルだったのに対し、2026年度は約10億2,200万ドルと、1年で約10倍に膨らんでいる。
2026年度に積み上がった主な契約には、国家安全保障宇宙打ち上げ(NSSL)フェーズ3のレーン2契約(Blue Origin単独に割り当てられた契約上限23億9,000万ドル)や、NASAの月面探査計画「Moon Base」向けの月面ローバー輸送契約(現在価値1億8,800万ドル、オプション行使で最大4億6,840万ドルまで拡大)などが含まれる。
国防関連の受注拡大の背景には、人事面での動きもある。米国の国家安全保障打ち上げを長年独占的に担ってきたユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の最高経営責任者だったトーリー・ブルーノ氏は、2025年12月22日にULAを退任し、その5日後にBlue Originが新設した国家安全保障部門「Blue National Security」の社長に就任した。国家安全保障分野での豊富な経験を持つ人物の電撃移籍は、同時期に積み上がったミサイル防衛庁やNSSLレーン1・レーン2関連の契約拡大と時期的に重なっている。
政府案件を優先する姿勢は、商業事業の縮小という形でも表れている。Blue Originは今年1月30日、有人弾道飛行ロケット「New Shepard」の運航を少なくとも2年間停止すると発表した。同ロケットはウィリアム・シャトナー氏やケイティ・ペリー氏ら著名人を含むこれまで92人を宇宙の縁まで運んできた観光ビジネスの柱だったが、同社はNASAの月面ミッションに経営資源を集中させるためとして運航停止を決めた。
バリュエーション
Blue Originの評価額を巡る動きも、政府受注の拡大と軌を一にしている。CNBCの報道によれば、Blue Originは今年7月、ベゾス氏自身が20億ドル、ヘッジファンドのコーチュー・マネジメントが約40億ドルを拠出するなど、総額約100億ドル規模の初の外部資金調達を実施し、評価額は1,300億ドルとなった。ベゾス氏はこれまでBlue Originの資金をもっぱら自身のアマゾン株売却で賄ってきており、外部資本の受け入れは今回が初めてとなる。
このタイミングは、ライバルのスペースXが前月にIPOを実施した直後だった。スペースXは約860億ドルを調達し、評価額は約2兆ドルに達した史上最大規模のIPOとなり、イーロン・マスク氏を「兆ドル長者」にした。ロイターが5月に報じた申請段階での目標評価額は約1兆7,500億ドルだったため、実際の上場では想定を上回る需要があったことになる。Blue Originの評価額1,300億ドルは、スペースXの15分の1程度にとどまる。
なお、Blue Origin最高経営責任者のデイブ・リンプ氏は、今年5月に従業員向けストックオプション制度を見直した際、上場については「具体的な計画はない」と説明したとロイターが報じている(この制度見直しは、スペースXの上場観測を受けて従業員の間で不満が広がったことが背景にあるとされる)。
今後の焦点
政府からの実需は明確に積み上がっている。問題は、それをBlue Originが計画通りに履行できるかどうかだ。
同社の主力ロケット「New Glenn」は今年5月末、フロリダ州の発射台で行われた地上燃焼試験中に爆発する事故を起こした。原因についてはBE-4エンジンの主酸素バルブの不具合だったと8月5日に公表済みで、修正済みハードウェアは8月末までに用意できる見通しだとリンプCEOは説明している。同社は年内の飛行再開を目標に掲げているとされるが、具体的な再飛行日程はまだ示されていない。この目標が遅れれば、早ければ今秋の打ち上げを予定する月面ミッション「Moon Base I」(月着陸船「Blue Moon Mark 1」を使用)や、2028年末までの納入義務を負う今回の火星通信中継衛星のスケジュールにも波及しかねない。さらに同機は、アマゾンの衛星群「カイパー」や、衛星通信企業AST SpaceMobile(2024年11月に複数回の打ち上げ契約を締結)といった商業顧客の打ち上げも担う計画だ。
契約を「獲得する力」と、それを「実行する力」との間にギャップが生じつつあるのかどうか。New Glennの飛行再開の行方が、その最初の試金石になる。






