6月第1週の連邦政府契約データのなかに、一件の興味深い調達があった。
米国務省がBMW of North Americaに対し、353万ドル(約5億2,000万円)の「BMW 7シリーズ装甲車」を発注したのだ。
装甲車と聞くと、大統領専用車「ビースト」を思い浮かべる人も多いだろう。しかし今回の主役はキャデラックではなくBMW。それもSUVではなくセダン型の7シリーズだ。なぜ米政府はドイツ製の高級車を買うのだろうか。
外交官を守るためのBMW
今回の発注元は国務省の外交安全局(DSS:Diplomatic Security Service)。DSSは世界200以上の在外公館や大使館で勤務する外交官や政府高官の警護を担っており、そのための装甲車両フリートを維持している。BMWの装甲車はその一部で、特に治安が不安定な地域での運用を想定した車両だ。
今回調達されたのはSUVではなくセダン型の7シリーズ。大使や首席公使クラスの要人輸送や公式行事での利用が主な用途とみられる。
なぜドイツ車なのか
大統領専用車「ビースト」がキャデラックであることはよく知られている。シークレットサービスが管理するこの車両は、事実上の移動要塞だ。1980年代以降、歴代大統領専用車はすべてGM製キャデラックが採用されてきた。そこには警備上の理由だけでなく、「アメリカの力」を象徴する意味合いもある。
一方、外交官向け車両に求められる条件は少し違う。
重要なのは「目立たないこと」だ。欧州や中東、アジアの都市部では、BMWやメルセデスは富裕層が日常的に利用する車種であり、政府車両としては目立ちにくい。加えて、BMWは世界規模の整備・部品供給ネットワークを持ち、海外での保守運用にも強みがある。つまり外交官向け車両にとっては、「アメリカらしさ」よりも「現地で自然に見えること」の方が重要なのである。
国務省は長年のBMW顧客
今回の発注は突発的なものではない。
政府調達データによると、国務省によるBMW装甲車の調達額は2020年以降の累計で約6,370万ドルに達する。毎年おおむね800万〜1,100万ドル規模の発注が続いており、今回も定期的な更新の一環とみられる。契約書からは台数までは分からないが、参考までにBMWの装甲SUV「X5 Protection VR6」は20万〜30万ドル程度と報じられている。
「改造屋」から「ファクトリー装甲」へ
調達先の変化も興味深い。
2020年以前、この種の契約を主に担っていたのは、オハイオ州の装甲改造会社オガーラ・ヘス・アンド・アイゼンハート(O’Gara-Hess & Eisenhardt)だった。
同社は1961年にジョン・F・ケネディ大統領が暗殺されたリンカーン・コンチネンタルの改造にも関わったことで知られる老舗企業で、BMW X5などを購入して装甲化し、国務省やFBI、DEAへ納入していた。ピーク時の2015〜2019年には年間3,000万〜6,000万ドル規模の政府契約を獲得していたが、2020年頃を境に状況は変わる。
調達先はBMW of North Americaへ移り、国務省はメーカーとの直接契約へ切り替えた。背景にはオガーラ社の事業縮小があったとみられる。BMW側も自社のProtection Vehicles部門を通じて工場出荷時点で装甲化した「ファクトリー装甲車」を提供できる体制を整えていた。オガーラ社は2019年末を最後に国務省向けの新規受注が途絶え、2022年に廃業した。
「目立ってはならない車」が目立つ存在に
BMW装甲車は近年、別の理由でも注目を集めた。
2025年末、FBI長官のカッシュ・パテルが個人移動用としてBMW X5装甲SUVを複数台調達させたことが報じられ、議会や元捜査官から批判を浴びたのだ。批判の焦点は、国務省が高リスク地域の外交官保護のために使うような車両を、FBI長官が国内移動のために使用する必要があるのかという点だった。
今回の7シリーズ発注は、その騒動とは無関係の通常調達である。それでも、この一件は装甲BMWが政府内でどのような用途に使われるべきかをめぐる議論を思い起こさせる。
本来は「目立たないこと」が最大の特徴だったBMW装甲車。しかしパテル騒動以降、その存在は以前にも増して注目を集めるようになってしまった。

