トランプ氏のロシア「アセット」説が再浮上、その信憑性は

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ドナルド・トランプ
©MashupReporter

トランプ氏に亡霊のようにつきまとうロシアの「アセット」説。ロシアのスパイ機関の協力者ではないかという疑惑だが、最近SNSに投稿された主張が、米メディアに取り上げられるなどして話題になっている。

投稿主は、カザフスタンにおけるKGBの後継機関「国家安全保障委員会」の元議長だとするアルヌール・ムサエフ氏(Alnur Mussayev)。

同氏は2月20日の投稿で、ソ連KGB第6局に勤務していた1987年に、KGBはコードネーム「クラスノフ」と称する「40歳の実業家、ドナルド・トランプを採用した」と主張した。Facebookの投稿は現在2800件以上シェアされ、Daily Beast(現時点で取り下げられている)、The Hillといったメディアが取り上げた。

1987年といえば、トランプ氏が初めてモスクワを訪問した年と重なる。

トランプ氏は自著『Art of the Deal(1987)』で、モスクワの訪問は、当時ソ連の駐米大使だったユーリー・ドゥビニン氏の提案だったと明かしている。

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同氏から、国際観光を担当するソ連の国家機関がモスクワでジョイントでホテル事業を立ち上げることに関心があると知らされたトランプ氏は、7月にイヴァナ夫人とそのアシスタントを連れてモスクワを訪問。赤の広場周辺を含むホテルの建設候補地を複数見学し、ナショナルホテルの「レーニンの間」に滞在した。「取引をまとめようとするソビエト当局者の気持ちに感動した」と心境を綴っている。

ドゥビニン氏との関係は、前年にエスティ・ローダーの息子レナード・ローダー氏が開催した昼食会で隣の席に座ったことがきっかけだった。また、当時ドゥビニン氏の娘がトランプタワーについて読み漁り、すべてを知っていたと振り返っている。

イギリスのジャーナリスト、ルーク・ハーディング氏は2017年のポリティコの記事で、GRUのスパイだったヴィクトル・スヴォーロフ氏(Viktor Suvorov)の話として、トランプ氏が言及した国際観光機関は「Intourist」と呼ばれる組織で、KGBの支局として機能していたとしている。Intouristは、ソ連に入国する外国人を精査・監視することだった。自身が「リクルーティング」に関与していたというスヴォーロフ氏は、KGBは上昇志向のビジネスマンのような「野心的な若者」や「未来のある人」に関心を抱いていたと明かしている。

トランプ夫妻が宿泊した部屋は1917年にレーニン夫妻が1週間滞在したスイートルームで、建物は「Intourist複合施設」に隣接していた。「事実上のKGBの管理下」にあり、そのため、盗聴されていた可能性もある。

なお、ハーディング氏によると、KGBは1985年以降、「西側の著名な人物」を「何らかの形の協力」に引き込むことを方針としており、「エージェント、もしくは機密・特別または非公式の連絡先」となる可能性のある人物をターゲットにしていた。ドゥビニン氏からモスクワ行きを提案された1987年1月の段階で、トランプ氏は「著名人の地位に近づいていた」。

モスクワの事業は実現しなかったが、帰国後まもなくしてトランプ氏が共和党から大統領選に出馬するとの観測が広がった。さらに、自ら10万ドルをはたいて主要紙に掲載した広告で、現在の主張を彷彿とさせる同盟国バッシングを展開した。日本をはじめとする同盟国が米国を搾取していると非難し、「日本とサウジアラビア、その他の国々にわれわれが同盟国として提供する保護に対する費用を支払わせなければならない」と主張した。

このトランプ氏の行動について、80年代にロシアTass通信の記者を装い米国でスパイ活動をしていたというKGBの元少佐、ユーリ・シュヴェッツ氏は、2021年のガーディアンのインタビューで、「新たなKGBのアセットによって実行された”積極的対策”が功を奏した」と祝福する電報をKGB第一総局本部で受け取ったと振り返っている。

なお、トランプ氏とロシア当局者、またはその関係者のビジネス上のつながりは、自ら明かしたモスクワ訪問の性格やトランプ氏の物件の不動産取引から部分的に明らかにされているものの、エージェントやアセットとして利用された疑惑が確証をもって報じられたことはない。

今回のムサエフ氏の投稿についても、一部で信憑性に疑問の声が上がっている。ムサエフ氏はKGB第6局を「資本主義国のビジネスマンの中からスパイや情報源を獲得すること」と説明したが、あるテレグラムユーザーは、同局は外国人の採用に関わっていなかったと指摘している。

また、ロシア疑惑を調査したロバート・モラー特別検察官は、ロシア政府が2016年大統領選に「広範囲かつ組織的に」介入し、トランプ陣営関係者とロシア政府とつながりのある個人との間に接触があったとしたが、トランプ陣営がロシア政府と共謀または協調した事実は立証されなかったと結論づけている。