米陸軍は8月26日、軍事基地へのマイクロ原子炉(超小型原子炉)配備を進める「ヤヌス計画(Janus Program)」について、原子力ベンダー5社と初期展開先となる5つの基地を選定したと発表した。国防総省のイノベーション部門DIU(Defense Innovation Unit)と組み、2027~2031会計年度で総額最大22億ドル(約3,520億円、1ドル160円換算)を投じる。
特徴的なのは、原子炉を陸軍が所有しない点だ。建設・所有・運転はすべて事業者側が担い、陸軍は技術マイルストーンの達成に応じて代金を支払う。開発費を丸ごと前払いする従来型の調達ではなく、NASAの商業軌道輸送サービス(COTS)に倣った成果連動型の契約構造である。陸軍は民間資本による数十億ドル規模の追加投資を見込んでおり、連邦資金と合わせて20基超のマイクロ原子炉が国防総省の施設に展開されるとの見通しを示している。
背景──大統領令が定めた「2028年9月30日」
出発点は2025年5月、トランプ大統領が署名した大統領令14299「国家安全保障のための先進原子炉技術の展開(Deploying Advanced Nuclear Reactor Technologies for National Security)」だ。
トランプ氏は国防総省に対し、軍事施設および作戦用途で原子力を使うための「program of record(正式な計画)」の設置を指示。さらに具体的な期限として、「遅くとも2028年9月30日までに、米陸軍の規制下にある原子炉を国内の軍事基地または施設で運転開始すること」を求めた。
つまり陸軍には、あと2年で実物の原子炉を動かすという明確な法的宿題が課されている。今回の5社選定は、その締め切りから逆算した動きだ。
ヤヌス計画とは──ペール計画から「バトンを受け取る」
ヤヌス計画が正式に立ち上がったのは2025年10月。Project Pele(ペール計画)の後継に位置付けられる。ペールは米国初となる発電用第4世代移動式マイクロ原子炉の実証プロジェクトで、主要な開発をBWX Technologies(BWXT)が進めてきた。エネルギー省(DOE)の承認・管轄下で実施され、2025年末にはTRISO燃料の炉心がアイダホ国立研究所(INL)に納入されている。
ヤヌスは、このペールで得られた技術的教訓と研究チームの知見を引き継ぎ、実証の次のフェーズ──商業用マイクロ原子炉の基地配備──を目指す発展的な後継プログラムだ。
「ヤヌス計画は、ペール計画とエネルギー省の原子炉パイロット計画からバトンを受け取るものだ」と、陸軍施設・エネルギー・環境担当次官補首席代理のジェフ・ワクスマン博士は語る。「我々が求めているのは、短時間のデモンストレーションのために起動できる原子炉ではない。何年にもわたって高い設備利用率で電力を供給できるシステムだ。ヤヌス計画が完全に成功したと言えるのは、複数の原子力企業が、軍以外の買い手にも販売できる、真に信頼性が高く手頃な価格のマイクロ原子炉を開発するのを我々が支援できたとき、そのときだけだ」。
ワクスマン氏は計画発表時にも「ヤヌス計画はパワーポイントのスライドではなく、実物のハードウェアを届ける」と述べており、実機主義を繰り返し強調している。
支払いはマイルストーン方式で、定められた技術目標を達成した事業者にのみ資金が支払われる。民間企業の自立とスピード開発を加速させる狙いがある。
選ばれた5社と配備先
| 企業 | 配備基地 | 炉型 | 出力 |
|---|---|---|---|
| Antares Nuclear | フォートブラッグ(ノースカロライナ州) | R1(ナトリウムヒートパイプ冷却) | 100kWe〜1MWe/3基構成 |
| BWXT Advanced Technologies | フォートキャンベル(ケンタッキー州) | BANR(高温ガス炉、窒素冷却) | 20MWe/75MWth |
| General Atomics Electromagnetic Systems | フォートフッド(テキサス州) | GA-TES(液体金属自然循環冷却) | 約5MWe(最大20MWeまで拡張可) |
| Radiant Industries | フォートベニング(ジョージア州) | Kaleidos(ヘリウム冷却) | 1MWe/フォートベニングに3基 |
| Westinghouse Government Services | フォートドラム(ニューヨーク州) | eVinci(ヒートパイプ冷却) | 参照設計で15MWthから最大5MWe |
契約額は横並びではない。陸軍は「すべてのベンダーが同額の資金を受け取るわけでも、同数の原子炉を建設するわけでもない」としている。判明している範囲で最大はRadiantの最大7.5億ドル(約1,200億円、最大15基)だ。Antaresは、ヤヌスに加え空軍のANPI計画、宇宙軍向け案件を合わせて「10億ドル規模」の受注残になるとしている。
なお、フォートドラムの選定については、2026年8月にチャック・シューマー上院議員(民主・ニューヨーク州)が同基地を優先するよう求める書簡を送っていた経緯がある。
技術的トレンド──「動くポンプがない」設計への収斂
TRISO燃料とHALEU
5社中4社(Antares、BWXT、Radiant、Westinghouse)がTRISO燃料(三重被覆層粒子燃料)を採用する。セラミック層で燃料粒子を包み、高温でも核分裂生成物を閉じ込める構造で、BWXT・Westinghouseはいずれも濃縮度19.75%のHALEU(高純度低濃縮ウラン)を前提としている。
一方、General Atomicsは、同社のGA-TESはウラン・ジルコニウム水素化物(UZrH)燃料を使う。温度が上がると自動的に出力が下がる──自己制御性を燃料そのものが持つ点が売りである。TRISO一色ではない選択肢を陸軍が残したかたちだ。
受動的安全設計
冷却方式はヒートパイプ(Antares、Westinghouse)、ヘリウムガス(Radiant)、窒素ガス(BWXT)、液体金属の自然循環(General Atomics)と分かれるが、共通するのは大型のポンプや冷却水系統を必要としない点だ。ワクスマン氏は「これらの原子炉は故障時には安全に停止する」「小型であり、安全だと確信できなければ陸軍が基地に置くことはない」と説明している。
モジュール化と輸送性
出力は100kWe級から20MWe級まで幅がある。Radiantの Kaleidos は工場で密封・燃料装荷まで済ませた状態で陸路・海路・空路のいずれでも輸送でき、運転期間は20年、燃料交換間隔は5年。Westinghouse の eVinci は100%工場製造でコンテナ輸送、8年以上無燃料交換で連続運転する設計だ。一方、BWXTのBANRは工場製モジュールをトラック・鉄道で搬入するが、据付後の再移動は想定していない。「可搬」の意味合いは各社で異なる。
開発マイルストーン
Antares:試験炉Mark-0が2026年6月4日、INLでゼロ出力臨界を達成。DOE原子炉パイロット計画の参加企業として初の臨界となった。2027年の発電実証、2028年からの軍施設向け量産初号機投入を掲げる。
Westinghouse:eVinciが2026年8月24日、ネバダ州の臨界実験研究センター(NCERC)でゼロ出力臨界を達成。
Radiant:Kaleidos実機をカリフォルニアからINLのDOME試験施設へ1,600km超陸送済み。2026年7月1日にTRISO燃料の初回受領を完了し、フル出力・フル温度での長時間試験段階に入っている。ヤヌスでの初号機稼働目標は2028年。
BWXT:BANRは2028年後半の着工、2030年代前半の運転開始という段取り。まずは立地選定、規制対応、燃料製造、調達がフェーズ1となる。
General Atomics:フォートフッドを試験地として開発・試験・立地計画のマイルストーンを進める中長期路線で、運転開始時期について同社の発表は言及していない。
今後の注目点
① マイルストーンを実際に達成できるか
成果連動型は「未達なら払わない」制度であり、裏を返せば未達のリスクは事業者と投資家が負う。DOEの原子炉パイロット計画では2026年7月4日の臨界期限に対し、期限内に11社中4社(Antares Nuclear、Valar Atomics、Deployable Energy、Aalo Atomics)が達成している。
② 商用化されるか
プロトタイプ炉は事業者所有・事業者運転(contractor-owned and operated)だ。陸軍幹部は、開発されたマイクロ炉技術が将来的に民間でも広く商業利用されることを目標に掲げている。ワクスマン氏の「軍以外の買い手にも販売できる」という言葉は、この計画が調達ではなく産業育成であることを端的に示している。
商用化の兆しはすでにある。BWXTはワイオミング州でのタタ・ケミカルズ向け最大8基のLOIを取得し、24カ月以内のNRC製造ライセンス申請を目指す。Radiantは8月、データセンターREITのEquinixとKaleidos 20基の契約を結んでいる。軍需が呼び水となり、データセンター電力需要が実需として控える構図だ。
③ 陸軍認可とNRCライセンス
ペール計画はDOEの承認・管轄下で実施されたが、ヤヌス計画は陸軍自身が許認可を行う。一方、民間商用展開にはNRC(原子力規制委員会)のライセンスが不可欠だ。ワクスマン氏は、企業が後にNRCライセンスを取得する際に設計の大幅変更を強いられないよう、陸軍の規制プロセスをNRCと可能な限り整合させる作業を進めていると説明する。
④ 廃棄物の行き先
陸軍はエネルギー省と放射性廃棄物の搬出について協議を進めており、ワクスマン氏は「基地に長期貯蔵を置くことはない」と明言している。Radiantは燃料交換と使用済み燃料の管理を基地外で行い、廃止措置後2年以内に更地に戻す方針を示している。
⑤燃料供給網
HALEUの国内供給体制が商業規模に到達するかも注目される。エネルギー省では、2028年を期限とするロシア産ウラン全面禁輸を見据え、巨費を投じたプロジェクトを推進している。先進炉向けHALEU需要が2030年までに年間40トンを超えると予測されている。






