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日系アメリカ人の人権活動家、フレッド・コレマツ氏

30日、米国のGoogle Doodleに、アメリカの歴史に名を残す人権活動家、日系アメリカ人のフレッド・コレマツ(Fred Korematsu)氏が登場。トランプ政権による、イスラム圏7カ国からの入国を禁止した大統領令に対し、グーグル社からも強いメッセージが発せられ、大きな話題となった。

1月30日は、日系アメリカ人の人権活動家、フレッド・コレマツ(Fred Toyosaburo Korematsu/是松 豊三郎)氏の命日にあたる。トランプ大統領のイスラム圏7カ国からの入国禁止に関する大統領令を受け、第二次世界大戦時に強制収容所に収監され、後に人権活動家として活躍したフレッド氏が、今再び注目を浴びている。

ハワイ、バージニア、カリフォルニアやフロリダ州、ニューヨーク市では、「フレッド・コマツ・デー」が制定されるなど、人権や公民権の保護に生涯をかけて、戦いを挑んだ重要人物として認識されている。

フレッド・コレマツ氏とは

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コレマツ氏が生まれたのは、1919年カリフォルニア州オークランド。1905年にアメリカに移住した両親の間に生まれた日系アメリカ人。

第二次世界大戦中、1941年の真珠湾攻撃の翌年に発せられた、フランクリンルーズベルト大統領による大統領令9066号により、約11,500人もの日系人が、立ち退きと軍指定へのエリアへの強制収容を余儀なくされた。

当時23歳だったコレマツ氏は、この大統領令を拒否し逃亡するが、1942年に逮捕され、有罪判決を受ける。

アメリカ自由人権協会(ACLU)の助けを得て、1944年に最高裁判所まで強制収容の不当性に対する訴え(ケース名:Korematsu v. United States)を行うが、その後も判決は覆らず、1945年第二次世界大戦が終了するまで収監された。

大戦終了後は、生涯を通じて、人権保護の活動を続ける。

1983年には有罪判決が無効であるという判決が下った。5年後の1988年、ロナルドレーガン大統領は「The Civil Liberties Act of 1988」で、大戦時の日系人強制収容を「人種差別や戦時下のヒステリーと政治指導者の欠陥」により引き起こされたものだ結論付けた。
連邦議会は、当時の被害者に正式に謝罪し、一人当たり保証金2万ドルを支払うことが決定された。

1998年に、当時のクリントン大統領より、強制収容に関する不当性を唱え、人権の正当性を主張し続けた人物として、文民に対する最高位の勲章に当たる大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)を受賞した。

9.11のアメリカ同時多発テロの際には、過去の経験より、アラブ・イスラム系アメリカ人の人権や民主主義の重要性について訴えた。

コレマツ氏の「おかしいと感じたら、発言することを恐れてはならない」(If you have the feeling that something is wrong, don’t be afraid to speak up)は有名な言葉として今も残されている。

今回の大統領令を受け、ニューヨークやワシントン、ボストン等では大規模なデモが起こるなど、過去の歴史を繰り返してはならないという、強い呼びかけがなされている。

*参照元:https://www.google.com/doodles/fred-korematsus-98th-birthday

ニューヨークの裁判所前でデモを行う人たち(1/29/2017)

©mashupNY

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