2027年1月に米国の国防調達でタングステンの原産地規制が強化されるのを控え、米国ではタングステン供給網の再構築が進んでいる。
米国のタングステン精密部品メーカー、The Elmet Group(NASDAQ: ELMT)は9月23日(米国時間)、ベトナムのMasan High-Tech Materials(ベトナムUPCoM: MSR)の株式4.99%を1億2,475万ドルで取得すると発表した。株式はMSRの親会社であるMasan Groupの完全子会社から取得するもので、取引後もMasan Groupは約87.46%を保有する支配株主にとどまる。
両社は同時に、年間約1,250トン(WO₃換算)のタングステンを8年以上にわたって供給する長期契約も締結した。
Elmetにとっては、タングステンを「買う」だけではない。原料を生産する鉱山会社の株主となることで、鉱山から米国の最終製品までをつなぐ「mine-to-market」の供給網を押さえる動きとなる。
取引の中身
Masanが操業するNui Phao鉱山はベトナム北部タイグエン省に位置し、世界最大級のタングステン鉱床の一つとされる。MSRは中国以外で最大の中流・下流タングステン製品メーカーでもある。
鉱山で採掘されたタングステン精鉱は、ベトナム国内の精錬施設でAPT(パラタングステン酸アンモニウム)や酸化タングステンなどの高純度化学品に転換される。その後、Elmetの米国製造拠点で、防衛・航空宇宙、半導体、医療などに使われる精密部品へと加工される。
今回の長期契約には、Nui Phao産タングステンの供給に加え、この精錬施設での転換(受託加工)サービスも含まれる。両社は海外の提携鉱山から精鉱を調達し、ベトナムで処理する協力も掲げている。Masanによると、初期契約期間の総売上は現行価格で約15億ドルに達する見込みだ。
ElmetはMSRの取締役会に1席を確保する。両社はすでに12年以上の商業関係を築いており、今回の株式取得によってその関係を資本面でも結び付ける。
Why it matters
米国では2015年を最後に、タングステンの商業採掘が行われていない。国内で使うタングステンの半分以上を輸入に頼っており、2021~24年の輸入元では中国が26%で最大、今回のMasanがあるベトナムも8%を占めた。
その輸入環境が、ここ1年半で激変した。2024年末に米国が中国産タングステン製品の一部に50%の関税を課し、2025年2月には中国が輸出規制を導入した。中国からの供給が細り、欧米の買い手が限られた原料を奪い合う構図になった。
価格はその影響をまともに受けている。タングステン製品の原料となる中間品APT(パラタングステン酸アンモニウム)の欧米向け価格は、2025年初めの約330ドル(USGS)から、9月には約3,000ドル(中鎢在線)へと、1年半あまりで約9倍に跳ね上がっている。
注目すべきは、中国の国内価格が逆の動きをしている点だ。中国国内のAPT価格は3月にピークをつけた後、6割以上下落した。一方、欧米向け価格は高止まりし、中国国内の約3倍の水準にある。中国産のタングステンが国外に出にくくなったことで、「中国の中」と「中国の外」で市場が分断されている。
この逼迫は一時的なものではない。中国の大手証券会社、中金公司(CICC)は7月30日付のリポートで、2026~2029年の世界のタングステン不足を年間2.2万~2.5万トン、消費量の13~14%と試算している。
この市場環境において、ElmetとMasanの8年以上の契約は、価格を固定するというより、供給不足が続く市場で年間約1,250トンのタングステンを長期的に確保する意味を持つ。
一方、Elmetは海外の鉱山だけに依存しているわけではない。
9月14日には、Blue Moon Metals(NASDAQ: BMM)が保有するネバダ州のSpringer Tungsten Complexについて、Elmet、Blue Moon、EQ Resources(EQR)の3社が総額1億5,000万~1億7,500万ドルの投資パッケージを発表した。Springerでは、鉱山と選鉱所を2027年末までに、APT工場を2028年半ばまでに再稼働させる計画だ。
Elmetは9月22日にも、英Tungsten WestのHemerdon鉱山と長期オフテイク契約を結んでいる。
つまりElmetは、ベトナムのMasanや英国のHemerdonで非中国の海外供給源を確保する一方、Springerでは米国内の鉱山開発にも関与する。海外と国内の両方で、タングステンの上流供給源を複線化している。
その背景には、米政府によるElmetへの資金支援もある。
国防総省(戦争省)は9月14日、Elmetへの4億5,000万ドルの投資を発表した。資金は米国内の製造能力増強に加え、米国・豪州・スペインでの採掘・処理事業への投資にも充てられ、Springerへの投資もこの政府資金に支えられている。
子会社のElmet Technologiesも、国防兵站局(DLA)との間で、タングステン鉱石・精鉱・タングステン酸ナトリウムを国家備蓄向けに供給するIDIQ契約を結んだ。上限額は20億ドルで、うち1億5,000万ドルが保証額となっている。
2027年1月からは、国防調達規則(DFARS 252.225-7052)によるタングステンの原産地規制も強化される。現在はタングステン金属粉や重合金について溶解・生産地のみを問うが、2027年1月以降は採掘・精錬の段階まで遡る。中国、ロシア、イラン、北朝鮮で採掘・精錬などが行われた材料は、国防調達で納入できなくなる。
Elmetは今回のMasan株取得を、政府投資の目的を「さらに前進させる」ものと位置付けている。ただし、株式はMasan Groupの子会社から取得するため、代金はMSRではなく親会社のMasan Groupに入る。Elmetにとっての意味は、鉱山への資金供給というより、株主として取締役会に参加し、長期供給契約と組み合わせて原料調達の安定性を高める点にある。
What’s next
次の焦点は、まず株式取得のクロージングだ。
Elmetの発表では2026年第3四半期の完了を予定していたが、Masan側は規制当局などの承認を前提に、10月前半の完了を目指すとしている。取引が完了すれば年間約1,250トンの長期供給契約が発効し、ElmetはMSRの取締役会に1席を得る。
MSRはホーチミン証券取引所(HOSE)への上場移行を計画しており、Elmetはこれに加えて国際上場の検討も支援する。
今回の取引がタングステン市場にどのような影響を与えるかも注目される。
Masanは、ベトナムのNui Phao鉱山と精錬設備を基盤に、タングステン酸化物の生産能力を年間8,000トン超へ拡張している。今回、そのうち年間約1,250トンが8年以上にわたってElmet向けにコミットされる。
これは、今後増える中国外のタングステン供給能力の一部が、米国の防衛需要向けに長期契約で確保されることを意味する。中国の輸出規制によって市場がすでに分断されるなか、ロッテルダムやバルチモアなど非中国市場のスポット価格を押し上げる要因の一つになる可能性がある。
もう一つは、タングステン資産そのものの評価だ。
ElmetはMSRの4.99%を1億2,475万ドルで取得する。これはMSRの株式価値を約25億ドルと評価する取引であり、Masan自身も「独立したバリュエーションのベンチマーク」と位置付けている。
今後、カナダや豪州などで進むタングステン鉱山開発では、この25億ドルという評価が、鉱山・精錬設備を含む中国外のタングステン資産を評価する際の一つの比較材料になる可能性がある。




