7月14日、米国商工会議所(U.S. Chamber of Commerce)をはじめ、航空宇宙産業協会(AIA)、ビジネス・ラウンドテーブル、SIFMA、全米製造業者協会など40を超える業界団体が連名で、上院指導部に反対書簡を提出した。
問題となっているのは、2027会計年度国防権限法(FY27 NDAA)に盛り込まれた「セクション815」だ。この条項が成立すれば、防衛契約企業は契約期間中、自社株買いや配当を原則として実施できなくなる。政府契約と株主還元を直接結び付ける異例の規制として、経済界に波紋を広げている。
セクション815は何を規制するのか
セクション815(S.4784)は、2027年6月15日以降に国防総省と契約する企業に対し、契約期間中は①自社または親会社の上場株式の自社株買いを行わないこと、②配当などの資本分配を実施しないことを契約条件として義務付ける内容だ。
適用対象は契約金額を問わず、国防総省と契約する企業全般に及ぶ。例外は、国防長官が「適格防衛投資計画」を承認した場合に限られる。
これに対し商工会議所などは、
- パートナーシップ形態の企業が出資者への分配を行えなくなる
- ESOP(従業員持株制度)の運営に悪影響が及ぶ
- 政府が本来は取締役会の専権事項である資本政策に介入する前例になる
として、条項の削除を求めている。
なぜ自社株買いが標的になったのか
背景には、防衛産業の生産能力を巡る政治的な不満がある。
ロシアのウクライナ侵攻以降、米政府は兵器の増産を急いできたが、防衛大手では生産遅延やコスト超過が相次いでいる。こうした中、ウォーレン上院議員(民主党)とホーリー上院議員(共和党)は3月、「Prioritizing the Warfighter in Defense Contract Act」を共同提出した。
議員らは、主要防衛企業5社が2020年以降に自社株買いと配当に1,000億ドル超を投じ、その金額は設備投資の2倍以上に達すると批判。「株主還元より生産能力への投資を優先すべきだ」と主張している。
トランプ大統領も1月、防衛企業の巨額配当や自社株買いを批判し、納期未達企業に対する株主還元を制限する大統領令「Prioritizing the Warfighter in Defense Contracting」に署名している。セクション815は、この方針をさらに拡大し、法律として恒久化する狙いがある。
防衛株への影響
トランプ大統領が1月に防衛企業への規制強化を示唆した際には、ロッキード・マーティン(LMT)、ノースロップ・グラマン(NOC)、RTX、ゼネラル・ダイナミクス、L3ハリスなど防衛関連株が一斉に下落した。
もっとも、その後は前年度比4割超増となる約1.5兆ドル規模のFY27国防予算案が材料視され、防衛セクター全体は急反発している。
企業ごとの影響には温度差もある。ロッキード・マーティンは株主還元比率が高く、規制の影響を受けやすい。一方、RTXは民間航空機事業も抱えており、防衛依存度は相対的に低い。ボーイングは2020年以降、自社株買いと配当を停止しているため、今回の規制による追加的な影響は限定的とみられる。
さらにOracle、Google、Microsoftといったクラウド事業者、Verizon、AT&Tなどの通信事業者も影響を受ける可能性がある。
成立の可能性・今後の焦点
上院軍事委員会は6月17日、18対9でNDAA全体を可決した。セクション815自体への異論は大きくなかったとされる。今週、上院全体の審議入りの採決が否決されたが、本採決が実施されれば、法案がそのまま生き残る可能性は高いとみられている。
一方、下院版NDAA(H.R.8800)には同様の規定は盛り込まれていない。デルツィオ議員(民主党)が類似の修正案を提出したものの、委員会採決前に撤回されており、真の焦点は秋以降の両院協議会にあるとみられる。
この論争の核心は、「税金を原資とする利益をどこまで株主に還元してよいのか」という点にある。業界側は投資家保護を、規制推進派は納税者利益を掲げ、同じ“公共性”を根拠に正反対の結論を導いている。
両院の調整過程で、規制対象が絞り込まれるか、そして例外規定となる「適格防衛投資計画」がどこまで柔軟に運用されるか。両者の行方は、防衛企業の資本配分だけでなく、防衛セクター全体のバリュエーションにも影響を与える可能性がある。


