メンフィス黒人男性暴行死 黒人警官による暴力は人種差別か

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テネシー州のメンフィスで黒人男性のタイリー・ニコルズ(Tyre Nichols)さん(29)が暴行され死亡した事件で、加害者がすべて黒人警官だったことは、人種問題と警察改革のあり方をめぐる複雑な議論に発展しそうだ。

事件があったのは今月7日。メンフィス警察側の当初の発表によると、午後8時30分頃、無謀運転をしていた車に停止を命じた。警官らが運転手のニコルズさんに近づくと、「対立」が生じ、ニコルズさんが走って逃走した。警官らが追いかけ、再び拘束する際、「再び対立」したが、最終的に取り押さえるに至った。救急車が到着した際、ニコルズさんは息切れを訴え、重体で病院に搬送された。

ニコルズさんは3日後の10日に死亡した。

メンフィス警察が27日に公開した映像には、当初の発表になかった、警官らがニコルズさんを激しく暴行する様子が記録されていた。公開されたのはボディカメラ3台と監視カメラの映像で、警官らが、ニコルズさんを車から引きずり下ろし、テーザー銃を押し付ける様子や、再び拘束する際、地面に倒れたニコルズさんに殴る蹴るの暴行を加え、さらに警棒で殴りつける様子が確認できる。この間ニコルズさんは「ママ」と叫ぶなど、助けを求めた。家までの距離は100mほどだった。

暴行に関与した警官5人は、26日に解雇され、その翌日に第2級殺人や加重暴行など複数の容疑で逮捕、起訴された。

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ビデオもこの日に公開されたが、メンフィスをはじめ、ニューヨークやロサンゼルス、ワシントン D.C.など全米の各都市で激しい抗議デモが行われた。

人種差別によるものか

コメディアンで司会者のビル・マーは、自身の番組で、ニコルズさんの事件と、カリフォルニアで先週発生した銃撃事件に触れ、「アジア人がアジア人に殺害された。(犯人は)66歳と72歳。今週は、メンフィス・ファイブの映像が公開された。メンフィスで黒人男性が5人の警官に残酷に殴られた。全員黒人だ」とした上で、「私が問いたいのはアメリカの暴力文化だ。人種より根深い」と指摘。「人種だけに焦点をあてることが、真の問題を解決しようとする我々を短絡的にさせていないだろうか」と、ゲストに問いかけた。

テキサス出身で、ポッドキャストで”保守的キリスト教の視点”から社会問題を解説するなどの番組を運営するアリー・ベス・スタッキー氏はツイッターで「あらゆる人種が悪いことをするという事実を取り込めない歪んだ世界観」があると主張。「黒人警官が黒人に暴力を振るったのは、白人至上主義や人種差別、システムによるものではなく、人間に誤ったことをする能力があるからだ」と投稿した。

一方、CNNのホスト、ヴァン・ジョーンズ氏は、黒人警官らによる暴行は、それでも人種差別によるものだと主張した。ジョーンズ氏は、反黒人人種主義について、黒人自らが悪質な影響を免れておらず、黒人は劣り、危険だという考えが広く浸透していると説明。さらに黒人警官は、有色人種や低所得者が多く住むような特定地区を「紛争地域」とみなし、ルールを逸脱した鉄拳制裁を行なっても、懲戒処分を受けないような警察署で「社会化」されることが多いとも指摘した上で、「警察暴力が人種偏見かどうかを判断する上で重要なのは、暴力的な警察の人種ではなく、残忍な目にあった被害者の人種だ」と述べた。

ニューヨークタイムズによると、ブラックライブズマター・メンフィス支部のオーガナイザーのアンバー・シャーマン氏は、警官の人種ではなく、警察による暴力の犠牲者が誰であるかを見れば、取り締まり活動が人種差別に基づくものであることは明らかと、ジョーンズ氏と同様の考えを主張。「あらゆる人種の警官が、黒人やブラウンの人種を劣った存在と見なすといった習慣に洗脳されている」と語った。

警察改革のあり方を問う声も上がっている。

改革推進派が長らく訴えてきた、地域の人種構成を反映した組織に変革するべきとの主張について、元検察官で、現在は非営利団体「Fair and Just Prosecution(公平で公正な訴追)」のエグゼクティブ・ディレクターを務めるというミリアム・クリンスキー氏は、タイムズの取材に、事件は「警察署の多様性という重要なことを放棄すべきであることを意味するものではない」としつつも、「組織の文化や訓練の方法、手本となる考え方や価値観が正しくなければ、警察のふるまいに関する問題の解決にはならない」と、多様性の確保だけでは不十分との考えを語った。

メンフィスでは人口の65%が黒人で、警官は58%が黒人で構成されているという。

南カリフォルニア大学で人種正義を研究する法学教授ジョディ・アーマー氏は、取り締まりの問題への対処について、人種構成を「ある種の特効薬」と考え、「シンプルな方法」が採られてきたと指摘。「白人と黒人の問題ではなく、黒人と青(警官の制服の意)の問題であり、青い制服を着ると、それが第一のアイデンティティとなり、競合する他のアイデンティティをかき消してしまうことがしばしば起こる」と話した。事件は、警察にマイノリティのグループを追加すればその人種に対する公正な扱いにつながるということが、「おとぎ話」であることを示しているとも加えた。

警官らに対する司法の公平性を問う声も上がった。

著名な人権弁護士で、ニコルズさんの親族の代理人を務めるベン・クランプ氏は28日、会見で、5人の警官らを迅速に訴追した検事を「誇りに思う」とする一方で、「警官が、丸腰の黒人に対して犯罪を犯し、過剰で残忍な力を行使するのを見たのはこれが初めてではないが、このような迅速な裁きは見たことがない」と指摘。「警察署長と署が彼らを解雇し、検察が20日足らずで起訴したという迅速さ」は「今後の青写真」となるべきと述べ、警官が責任を問われる場合は、人種を問わず、「我々に対して、過剰な暴力のビデオ公開から半年や1年待たなければならないとは言わせない」と語った。