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「悪魔の棲む家」アミティビル一家惨殺事件の犯人が獄中死

1974年にニューヨーク州ロングアイランドにある町アミティビルで、両親と弟妹の6人をライフルで殺害し、終身刑に服していたロナルド・デフィオが死亡したことがわかった。69歳だった。

ニューヨーク州のサリバン矯正施設に収監されていたデフィオは、2月2日からオールバニーメディカル・センターで治療を受けていた。現在、死因は明らかにされていない。

1977年の小説「The Amityville Horror, A True Story」は、事件後、この家で起きた怪奇現象をモデルにした作品で、1979年には、これを基に映画「悪魔の棲む家(The Amityville Horror()」が制作された。その後、2005年にリメイクされている。このほかにも、テレビを含め、数多くの続編が制作されている。

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事件から約1年後、家にはラッツ一家が入居したが、ポルターガイスト現象に悩まされ、わずか28日で引っ越してしまった。家族は、壁が叩かれる音や、窓が閉まったり、ドアが外されたりする現象を経験したと主張したという。

事件があったのは1974年の11月13日、当時23歳だったデフィオは就寝中の43歳の両親と、9歳から18歳の弟と妹4人を銃殺した。

アミティヴィルはロングアイランドのサウスショアにある人口1万程度の町。家族は裕福で、3階建の家には、ボートドックとプールが備えられていた。

ニューヨークタイムズの当時の記事によると、家族は信仰が厚く、近所に友好的だった。事件の前年には庭に、幼いイエスを抱いた聖ヨセフの像を、噴水やライトとともに設置していた。

なおデフィオは父親とともに、ブルックリンのコーニーアイランドアヴェニューにある大型のカーディーラーで働いていた。

デフィオはドラッグと飲酒、喧嘩で知られる存在だったいう。当時、デフィオと交際していた女性は、デフィオが飲酒をして、喧嘩をする群衆の一部だったと話している。また女性は、仲間とともに深夜にデフィオの家を度々訪れていた。家で音楽をかけ、飲酒をしている際、静かにするよう上階から呼びかける母親と口論していたこともあったという。

家族を殺害した日、デフィオは近くのバーに入り、両親が殺されたと告げ、助けを求めたほか、警察に自ら通報していた。

1975年に7週間にわたって行われた裁判で、デフィオは殺害を認めた。弁護士は精神錯乱によるものと主張をしたが、11月に6件の第2級殺人の罪で有罪判決を受け、翌月、最低服役期間25年の終身刑を言い渡された。

デフィオはその後、弁護士が精神錯乱を主張したのは、本や映画の契約のために話を魅力的にするためだったと主張している。また1990年には、判決を覆そうと、殺害をしたのは妹だと主張。申し立てをしたが、却下された。

1999年に仮釈放の資格が生じ、今年7月に仮釈放の可能性に関する審問を控えていた。

ニューヨークポスト紙によると、当時112オーシャンアヴェニューだった家の住所は、現在108オーシャンアヴェニューに変更されている。物件は、2017年に60万ドルで売買が成立しているという。

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