キャシー・ウッド(Cathie Wood)率いるARK Investは10月15日、NVIDIAとの接点を持つAI創薬企業2社――この日上場したアイアンビック・セラピューティクス(IAM)と、既に保有するリカージョン・ファーマシューティカルズ(RXRX)――を相次いで買付した。アイアンビックは公開価格16ドル、リカージョンは同日終値4.16ドルで概算すると、買付額はそれぞれ約1,900万ドルと約1,760万ドル、合計約3,660万ドルに達する。
同じ週、ARKゲノム革命ETF(ARKG)は診断・検査関連銘柄を5日連続で売却しており、ポートフォリオを「AI×創薬」へ寄せる動きが目立った。
10月15日の売買
10月15日の売買 アイアンビック株は、ARKGが上場初日に約118万株を取得した。ARKGがこの銘柄を組み入れるのは初めて。
同社の目論見書には、ARKとDuquesne(著名投資家スタンレー・ドラッケンミラー氏のファミリーオフィス)が、公開価格で合計最大6,000万ドル分の株を買う意向を示したと記載されており(拘束力のない意向表明)、ARKGはIPOで割当を受けた可能性がある。アイアンビックの上場初日の終値は18.91ドルで、公開価格を約2割上回った。
リカージョン株は、ARKイノベーションETF(ARKK)とARKGで計約423万株を買った。前週に続く買い増しで、2週間の合計は約790万株になる。ARKが買った15日、株価は11%上がって4.16ドルで引けたが、翌16日には17%下げて3.46ドルとなった。
アイアンビック:NVIDIAと共同開発したAIで創薬
アイアンビックは2019年に設立されたサンディエゴの企業だ。カリフォルニア工科大学の元教授トム・ミラー氏(CEO)と、英ブリストル大学の元教授フレッド・マンビー氏(CTO)が共同で創業した。AIと自動化した化学・生物実験を組み合わせたプラットフォームを、同社は「分子超知能(molecular superintelligence)」と呼んでいる。
中核技術の一つが、薬の候補となる分子とたんぱく質の結合構造を予測する生成AI「NeuralPLexer」だ。同社の2024年の発表によると、この技術はNVIDIAとの複数年にわたる協業で開発された。主力候補のIAM1363(乳がん、胃・食道がん、肺がんなどを対象とするがん治療薬)は、開発を始めてから24カ月足らずで臨床試験に入った。同社は、通常は平均6年かかるとしている。
IAM1363は現在、安全性や投与量を確かめる初期段階の臨床試験(第1/1b相)を行っており、早ければ2027年に承認申請に向けた試験を始める計画だ。2番手のIAM217(卵巣がんや乳がんなどを対象とするがん治療薬)は9月30日にFDA(米食品医薬品局)へ治験の申請を出し、3番手のIAM-C1(細胞の増殖に関わる酵素を抑えるがん治療薬)も年内に申請する予定だ。
同社は、既存の治療薬の売上高をもとに、対象となる市場の規模をIAM1363とIAM-C1で年100億ドル超、IAM217で年50億ドル超と見積もっている。このほか、自社開発と提携を合わせて8本の初期段階の研究プログラムを持ち、2027年には最大25本まで増やす計画だ。提携先にはAbbVie、武田薬品工業、Bayerなどの製薬大手が並ぶ。
IPOの手取りは約1.35億ドルの見込みで、IAM1363に約7,500万ドル、IAM217とIAM-C1に約1,500万ドルずつ、AIプラットフォームに約2,000万ドルを充てる。2026年1~6月期は、売上高(提携収入)1,275万ドルに対し、純損失が5,012万ドルだった。手元資金とIPOの手取りで、2028年10~12月期までの運営資金を賄えるとしている。
なお、同社の最高財務責任者(CFO)マイケル・セコラ氏は、リカージョンの元CFOだ。
リカージョン:NVIDIAが出資したAI創薬企業
リカージョンは、ユタ州ソルトレイクシティに本社を置くAI創薬企業だ。NVIDIAは2023年7月、同社に5,000万ドルを出資し、770万株超(約4%)を取得した。当時のロイター通信によると、リカージョンは保有する大量の生物・化学データを使い、NVIDIAのクラウド上でAIモデルを学習させる。NVIDIAは、そのモデルを創薬向けのクラウドサービス「BioNeMo」を通じて他社に提供できるという枠組みだった。発表当日、リカージョン株は約83%上がり12.40ドルをつけた。
NVIDIAの公式ブログ(2024年6月)によると、リカージョン本社のスーパーコンピューター「BioHive-2」は、NVIDIAのH100 GPUを504基搭載し、当時の世界のスーパーコンピューターランキング(TOP500)で35位に入った。細胞画像を学習した同社の基盤モデル「Phenom」の一つは、BioNeMo上で提供されている。
NVIDIAの出資時の取得単価は1株約6.5ドルで、現在の株価はその半値近くにとどまる。
アイアンビックは技術提携、リカージョンは出資と技術提携と、形は違うが、ARKが同じ日に買った2社は、いずれもNVIDIAの技術を土台にAI創薬を進めている。
ARKGの中の「AI×創薬」
10月16日付の保有データでARKGの中身を見ると、AI創薬関連の4銘柄で1割強を占める。
・アブサイ(ABSI、AIによる抗体設計)
・リカージョン(RXRX)
・シュレーディンガー(SDGR、計算化学・創薬ソフト)
・アイアンビック(IAM)
一方、今週のARKGは、がんの遺伝子検査を手がけるパーソナリス(PSNL)を5日連続で売り、保有比率を半分以下に減らした。移植医療の検査を手がけるケアダックス(CDNA)も5日連続で売ったが、比率の低下は小幅にとどまった。ただし、がんの早期発見の血液検査を開発するフリーノーム(FRNM)は5日連続で買っており、診断関連をすべて売っているわけではない。
ARKKでは、遺伝子解析ツールの10xジェノミクス(TXG)とツイスト・バイオサイエンス(TWST)を売った。
ウッド氏「AIの最も重大な応用先はヘルスケア」
ARKは売買の理由を公表していないが、ウッド氏はこれまで、この分野への期待と見解を語っている。
彼女は、9月に配信されたポッドキャスト番組「Moonshots」のライブ配信で、ARKが「マルチオミクス革命」と呼ぶライフサイエンスの分野について、「AIの最も重大な応用先はヘルスケアだという証拠が次々と出ていたのに、市場では見捨てられていた」と指摘。そのうえで、今年に入ってAnthropicやOpenAIがヘルスケア分野への取り組みを語り始めたことに触れ、「私たち一人一人がデータ工場だ。体には35兆~40兆個の細胞があり、DNAは30億塩基対ある」と述べた。
ヘルスケアが株式市場で出遅れてきた理由として、アナリストの分業を挙げた。ヘルスケア担当のアナリストは、「速く動いて壊せ」というテクノロジー企業の流儀を警戒する。一方、テクノロジー担当のアナリストは、ヘルスケアを「官僚的で規制が多く、政治や保険会社の支払いに左右される」として敬遠するという。
ウッド氏は、ヘルスケアはAIというテーマの中で「最も過小評価され、最も注目されていない分野だ」と語った。ただ、「大きな勝者と敗者が出るだろう」とも付け加えた。そして、「今年になって、ようやく明かりがともった」と述べた。
その他のハイライト
AI関連では、メタ・プラットフォームズ(META)、AIクラウドのコアウィーブ(CRWV)、AI半導体のセレブラス(CBRS)を買った。一方、飲食店向け決済のトースト(TOST)はARK次世代テクノロジーETF(ARKW)で保有がなくなり、スポーツ賭博のドラフトキングス(DKNG)も実質的に全株を売却した。
今後の注目点
アイアンビックは、IAM217の治験開始とIAM-C1の治験申請、そして2027年以降のIAM1363の本格的な試験が当面の節目となる。ただ、アイアンビック自身も目論見書で、自社の手法からはまだ承認された薬は生まれておらず、手法は「新しく、実証されていない」と認めている。
上場したばかりのアイアンビックと、2023年の高値から大きく下げたリカージョン。ARKが同じ日に資金を投じた2社が勝者の側に入れるかは、AI創薬が実際に承認可能な薬を生み出せるかにかかっている。




